読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

行動を伴わない思考は無意味か?

行動主義の圧力

「うだうだいってないで行動しなよ。悩んだって仕方ないじゃん」

という意見が主流というか、強い。

就職活動をちょろっとしているときとか、卒論を製作しているときとか、はたまた恋愛やらなんやらいかなる時にも、行動することは思考するよりも価値があるものとされている。まあ、まだ上記は行動したほうが効率的だからという理由があるのかもしれないが、哲学をやりたいといっている人に対しても、哲学なんて意味のないものやってないで地に足つけなよ的な意見もちらほら聞こえたりするので、行動が合理的か否かにかかわらず、全体的に行動することは偉いらしい。

とにかく行動して成果を上げなければ意味がない。行動していないお前の意見なんて机上の空論、エアプ、誰にも参考にならないよ。という空気があるような気がする

さて、では本当に行動しなければ思考は無意味なのか?発言は無意味なのか。そんなことはないんじゃないか?と主張するのが今回の記事

 

主張の価値なんて受取人次第

例えば就職活動について発言していいという人はどういう人なんだろうか。就職活動を終えた人?インターンに応募した3年生?OB訪問しまくってる1年生?人事の人?

就職活動を全くしたことない3年生は就職活動したくないとか、嫌だといっても無意味だろうか?就職活動をあきらめちゃった人が、就活しなくてもいい気がするっていっても無意味だろうか。インターンに1回いって、面倒になってやめちゃった人は就職活動について行動した人に入るんだろうか。その場合就活について語っていいんだろうか。

行動すればするほど発言に深みというかリアルさが出るかもしれないけど、別にあんまり行動してなくても発言しちゃってよくないだろうか。

インターンにあまり行きたくなくて、行かなくても就活は大丈夫なんだろうかと考える人にとって必要なのは、インターンに行かなくても就職できた人の情報だろう。つまるところインターンバリバリの行動してきた人の情報はこの場合いらなくて、行動してない人の情報に価値が出る。

どんな人がどんな情報を欲しているかなんてわからない。行動しないと発言できないとか、経験してないけど何かを語るなんて恥ずかしいと思うのはなんかもったいないと思う。もったいない理由は後述する

 

思いついたことは今しか発信できない

発言者がどんなに価値のなさそうな中身のない人間でも、やりたいなら思考して、意見を発信していったほうがいいと思う。というのもその時の心情なり考えたことって、その時しか発信できないからだ。自分は中学生のころ毎日どうやって学校に通っていたのだろう。友達もいなくてなかなか辛かったのになぜ?と思いだそうとしても全然思い出せない。中学生だった自分というのは必ずいたんだけど、その時考えていたこと感じたことが全く思い出せない。記録にも残ってない。これが僕はすごく怖い。俺中学生だったんだよな・・・・・・?となる。今の自分も10年後には全く過去のなんの記憶にも記録にも残っていない存在になるんだろうかと思うと良く分からないけどすごく焦る。

お前の考えたことなんて無意味で無価値だよ。という意見に屈して何も残さないと10年後20年後ちょっと後悔するんじゃないか。

 

考えないと脳はどんどん委縮する

働けるうちは働くという意見はよく聞くが、思考できるうちに思考するというのはまったく聞かない。なにか真面目なことを言うと、考えすぎだろ(笑)とちゃかされたりすることも多い。真面目なことを言えない空気がある。

別に全部真剣に聞いてほしいわけじゃないけど、「ああ、なんとなくそれわかる」と返してくれる人と場所がないと自分の意見をまとめて発信しようという気にならない。どうせ何か考えたって意味がない。真面目に考えたって恥ずかしい。陰キャ。と無意識に思ってしまうと考えるのをやめてしまう。考えることを辞めると脳はどんどん溶けていく。ソースは城姫クエストを一日中やってた頃の僕。

さらには行動をし、豊富な経験を積んだからといって、年をとってから考察や主張が出きるのだろうか。自分とは違う意見を採用しなくなったり意固地になってたりしてもおかしくない。そもそも考える余裕がない状態になるかもしれない。大した経験がない若者のうちに物を言っておいたほうがいいんじゃないか

せっかく人間という高等生物に生まれ、現代日本という衣食住インターネットに恵まれた時代に生まれてきたのになんで思考しないんだろうと思う。今が一番物質的に恵まれていて、時間にも余裕がある時代なんじゃないのか?物事を考え、考察し時には妄想に浸る絶好の時代なんじゃないのか。うだうだ考えるなという言葉に惑わされるなといいたい。金は入ってこなくても、あなたは布団に包まって思索にふけっていいんだ。

 

 

煽りや茶化しを抜きにした意見交換をしたい

働くこと、お金の使い方、痴漢問題、子供のころの意識の変化、死、最近やってるゲーム、アニメを見るのがしんどい、健康、運動

話し合いたいことなんていくらでもある。ただ面と向かって長時間話すのは身体的にも精神的にも疲弊するし、そもそもそういう雰囲気にならない。友人と集まったら下らないけど楽しい話で盛り上がろうというのが普通で、死なんてワードは一切出てこない。

意識高いね(笑) とか、経験を積んでから物を言えとか、机上の空論だとか。そういう行動こそが至上だとする雰囲気に主張したい人が圧殺されているような気がする。なんで意見を言うのにそこまで制限されなきゃいけないんだろう。

 

まとめ

働いてないのに労働について語ってよい。投票してないけど政治を批判していいと僕は思う。あえて無関心を貫く必要もないし、情報を発信するために経験を積む必要もない

君の意見には経験が足りなくて薄っぺらいという意見を華麗にスルーしていくために、今回の記事では主張する側を擁護してみた。僕は薄っぺらな無気力人間だが、僕が書いたお金にならない記事は全く価値がないとは思わない。

Twitterだと意識高いとうざがられる人はブログに思考を垂れ流してみることをお勧めする。書いている記事に価値なんかないんじゃないかと不安に思うかもしれないが、まあどうせ思考は自己満足なものなんだから経験とかなくても考えたいなら考えて発信していっていいと思う。ふらっと読んでくれた誰かの心に少しでも残れば大金星という具合で。張り切って駄文を生成していけばいいと思う。

 

何かするのにだるいと感じる時はだるい理由を考える

だるいと感じたときはやらないのが一番

有名なニートのphaさんは著書にて、

だるい時は体が感覚的に拒否しているので従ったほうがいい。だるい気持ちを押しのけてまでやるのは良くない

というような主張をしていた。

 

僕は結構この考え方が好きで、今までだるいだるいいいながら無理してやってたことを、だるいからやらなくていいや。と思えるようになったし、そのおかげで今のところ快適な日常を過ごせている

 

だるいと感じる理由を考える必要はある

だるいならやらないほうがいい。これは間違いない

しかしだるいなーと思うことの大半はやりたくないけどやらなきゃいけないことだったりする。だるいと思うことを全部放置するとたぶん生きていけない。

 

じゃあどうしたらだるいと感じることをちゃんとやれるようにするのかというと、だるい理由をちょっと考えてみるといいと思う。

 例えば、「バイトに応募するのがだるい」としよう

ここで、だるいから一生バイトに応募しないわけにもいけないので、なぜだるいのか考えてみる。

 

・履歴書を用意していないから、すぐ面接となったときに履歴書作成するのがだるそう

・眠い

・もう遅い時間

・応募が電話でしかできなかった

 

いろんな理由があるが、ようはこれらがだるいと感じる要因であり、これをひとつづつつぶしていけば、だるいと感じることなくバイトの応募をすることができる

 

だるくないと思うまでやるべきことを細分化する

だるい理由が眠いというだけなら、寝て次の日にやればいいだけだが

履歴書を用意するというような、いくつかステップがあって、それを一気にこなすのが面倒だと感じるタスクに関しては、いくつかの工程に分けて3日くらいでやればいいと思う。

 

履歴書を用意するには

1履歴書を購入

2証明写真をとる

3バイトに応募

4履歴書を書く

 

という4つのステップがある。 1~4まですべてやるのはだるいと感じるが、1~2だけであれば「まあやってやるか」と思わないでもない

1だけならできなくもないという人は、「履歴書をダイソーで購入する」というのを1日のノルマに設定して、それをこなすことに集中すればいい

 

やるべきことが多くてだるいというケース

やることが少なくて暇だと感じる週もあれば、いきなりやることが多くて、うわだるいと感じるときもある。すぐには片付かない案件が複数あるときは、それを書きだしてひとつづつこなしたほうがいい。期限があるなら近いほう、なければ気分的にやってやれなくもないことをやる

 

僕はこのケースが多い。やるべきことを後回しにしなければいいだけの話なのだが、まあできないものは仕方ないので、やる気が出たときにちょっとづつこなしていけばいい

 

まとめ  できるだけ予定を入れない そもそもやらない

だるいと感じたらやらなくていいけど、なんでだるいのかを考えてみるとやれなくもないですよという記事でした。

 

ただ、やるべきだがだるいことの中にはもう期限が迫っていて、だるいけどやらなきゃならないと自分を奮起させなきゃならないこともあると思います。

やらなきゃと奮起させて出来ちゃう人はいいんですけど、僕を含むそうでない人はできるだけ予定を入れすぎないようにするとまだ対処できるのではないかと思います

 結構予定を入れるときって、「ええいせっかくだからまとめて入れてしまえ。頑張れ来週の僕!」と考えがちですが、まあうまくいったためしがありません。大体後悔してます

 

また、やらなきゃと思うことでも意外ににやらなくていいこともあったりします。やんなくてもいいんじゃね?と思ったらやめてみることをおすすめします

どうにかしてやらないで済む方法はないかと考えてみるのもありだと思います。(僕はやらないで済む方法を考えるときが楽になりました)

 

それじゃ僕はとりあえず明日履歴書を買ってきます

 

 

 

 

オナラに支配される

ストレス性のガス溜まり

高校の2年あたりから、腹というか腸にガスがたまるようになった。

原因はなんとなくわかる。ストレスだ。高校2年は仲の良い友達が近くにいなかったのでクラスでやっていくのが面倒で仕方なかった。本当に楽しくなくて、それでも毎日学校に行かなきゃと思っていたのでそれがストレスだった。

 

また授業も苦痛だった。50分間ずっと立てないのがしんどかった。そして授業中に溜まってしまうガス。当時は一番前の席だったので、授業中に屁をするのはメンタル弱者の僕には無理な話だった。

立てないし、屁も出せないとなると我慢するしかない。屁が溜まっていくのが嫌でも分かり、出ないように若干力をいれると屁が吸収?されたのか、ちょっとなくなっていくのが分かる。その感覚は今思い出しても嫌なものだ。

 

授業の間の10分休憩で何度もトイレに行って、ガスを出してしまおうと試みた。が、しかし授業が終わって精神的に楽になると途端に出なくなるのだ。そもそも腸にガスが生成される気配がない。一向に改善されないのも辛かった。

今思えば病院に駆け込めばよかったのかもしれないが、当時は深刻な問題にとらえてはいなかった。それに高校生活も終わればクラスという狭い閉鎖空間からもおさらばなので、それまでの辛抱だろうと思っていた

 

ストレス要因がなくなってもガスは溜まる

大学に入り、クラスというものがなくなったのでストレスは急激に減った。これならガスも溜まらない・・・・・・と思いきや溜まる。

頻度は減った。ただ、長時間座っているとガスは溜まってくる。

あと食事中にガスが生成されるらしく、そして溜まるのも速い。

この食事中に溜まるガスがとてもやっかいなもので、今ちょっと悩んでいる

 

飲み会が苦痛

友人との飲み会は時々顔を出す。友人と集まって飲むのはとても楽しい。

しかし1時間ぐらいするとガスがたまり始める。トイレに立てればトイレ、屁が隠密にできそうな位置取りならする。授業中ほど屁が困難な状況ではないにしろ、やはり何度も溜まってしまうのは辛い

飲み会で何も考えずに楽しんでいそうな友人が羨ましい。反面、なんかオナラに支配されている僕はいったいなんなのだろうと思う。

 

外に出たいと思わなくなる

家族には屁が出やすい体質だというのは認識されている。僕は食事中に屁がでそうになれば、急に立ち上がってダイニングから避難し屁をこいてまた食事に戻ってくる。それを1食につき1~3回くらい行う。

ストレスではなく、単純に人よりも屁が溜まりやすい体質になっているようだった。そしてそんな体質だと電車とか、講義とか、飲み会とかそういうちょっとした閉鎖空間に出たくなくなる。(まあもともと出たいという気持ちはないが、より一層)

家にいればいつガスが溜まっても屁をこくことができるし、もうずっと家にいたいと無意識に思うようになる。飯も家で食いたいし、ゲームも家で・・・・・・友人と集まるのはちょっと・・・・・・

 

オナラに支配される

外出先でどんなに楽しい瞬間でも、どんなにおいしいものを食べ、友人と会話を弾ませても、ひょっこりガスは溜まり始め、それを認識した瞬間僕の意識はオナラをどう処理するかに持っていかれるようになる。

 

外出するのも面倒と考えるようになり、家出の趣味に一層のめりこみ、体力も衰え、外出しようと思っても体力の壁も同時に立ちはだかる

 

オナラのことを第一に考え、オナラが処理しやすいという事柄を軸にライフスタイルを確立するようになる。もう何もかもオナラに支配されている。

まあ僕はオナラと共存する生活でもいいやと思っているので放っておいているが、もしガスがたまるような状態になった人がいたら、「オナラは絶対ためないように。どうしても出せない状態にあるのなら、病院に行ってガスが生成されないようにしたほうがいいですよ」とアドバイスしたいですね。

オナラによって、無意識に非活動的な人間にされますよ。

 

ヘクターミッドレンジネクロ早い。楽。強い

ヘクター一枚も持ってなかったんでドラゴン使ってたんだけど、やっぱり作った。使ってみた。やっぱり強い

 

デッキはマスターランク1位とか2位とかの人が使っているらしいミッドレンジヘクターネクロをパクった。

f:id:lazyandshortest:20170521001603j:plain

 

 

ただ、ヘクターを3積みすることに懐疑的だったのと、エーテルが足りなかった私情により一応二枚まで採用とした。その文ゴブリンプリンセスを1枚増やしている

 

 

早期決着のおかげでBPは溜まる溜まる

 

f:id:lazyandshortest:20170521001847j:plain

f:id:lazyandshortest:20170521001853j:plain

 

 

全部の記録はとれていないが、今日の17時くらいから始めて、大体40戦くらいはした。ネクロの扱いは不慣れな僕でも、マスターで60~70%くらいの勝率はあったと思う。BPは2000ほど増えた。

 

ドラゴンよりも決着が早い。5ターン目くらいには決まっていることも多く、ヘクターの出番がないこともザラだ。

そして1試合にかかる時間も少ないので、非常に楽。試合数を簡単に稼げる。そして勝率もいい。これはネクロが流行るわけだと感じた

 

 

プレイは単純

 

先行であれば、1コスとリーパー以外の2コスを1枚ずつキープして、そのまんま出していく。貴公子はできれば出ているフォロワーが2体以上の時に出したいので、1.2コスがそろっているときだけキープする

あとはマナカーブ通り出していくだけ。ビショップの時だけ、貴公子で大量展開する流れを意識するといいかも(しなくても勝つときは勝つし)

 

後攻でもあまり変わらないが、対ネクロとロイヤルの時には、2コス2/2で取られやすいので、1コスは戻す

あとはそのまま展開するだけでも勝てる。

 

事故率

マリガンでの事故(2コスが引けない)はさほどないように感じた。

1コスはなかなか引けないものの、そもそも3枚しか入れてないし、中盤にしっかり盤面を残して勝っていけばいいので、それほど1ターンで動く必要はない

 

ヘクターに頼らなくても勝てる試合もあるため、ヘクターが引けず事故というケースも少なかったように思う。

ただ、オルトロスでの事故は少々。(オルトロスだしたいけど盤面にフォロワーがいないなど)入れ替えるとしたら候補になるなと思った

 

 

動画はなかなか見つからない

youtubeでネクロでマスターのランクマッチを本気でやっている人を探しているんだけど、なかなか見つからない。プレイに自信が持てるかどうかは勝率に大きく貢献する。

強い人のデッキを紹介~みたいな動画じゃなくて、淡々とランクマッチをこなす動画を見たい。やはり膨大な試合パターンがないと応用が利かない

 

ただ、そこそこ勝てるんで、試合をしながら慣れていって、自分の展開の仕方を身に付けていけばいいのかなと思ったりもします

 

 

レジェンドも5枚なんで、嫌わずに使ってみてはいかがだろうか

結構自分で使うとネクロの動きが良く分かるようになります。

どういう行動をとられると都合が悪いとかも徐々にわかってきます

相手がネクロの時にも動きを読みやすくなるので、まあネクロでBPを稼ぐのはちょっと・・・・・・と思う方でも、とりあえずネクロを使ってみるといいんじゃないかと思います。

レジェンドも合計5枚だし。

 

 

 

 

 

電車での暇つぶし対策

僕は電車が苦手です。特に混んでいるときは嫌すぎて、途中でもう降りちゃおうかと思うほどです。

よく通勤時間が長くても座れれば眠ることもできるし、趣味をすればいいから問題ないという意見を目にしますが、僕には参考になりませんでした。座ってもつかれます

電車内ではリラックスできないくせにやたら暇なのが嫌です。なにかしら時間をつぶさなければ地獄です。

 

電車に乗らないのが一番ではありますが、そういうわけにもいかないので、電車内でどうやったら快適に過ごせるのかを考えてみます

 

目次

持ち物は少ないほうがいい

電車内で暇つぶしをするなら、本やゲーム、スマホに勉強道具といろいろ持っていった方がいいのではないかと思っていたころもありましたが、やっぱり荷物は少ないほうがいいです。重い荷物というだけで疲れますし、カバンに準備するのも面倒です。

 

なのでできるだけ最小限のものを装備しつつ、混雑時でも座れたときでも暇をつぶすにはどうしたらいいかを考える必要があります。

 

読書はあきらめる

電車内の暇つぶしとして一般的なのは、スマホ、読書、睡眠、音楽を聞くなどでしょう。

このうち読書はあまり効率のいい暇つぶしとは言えません。座れたならまだいいですが、立つことになると混雑してなくても腕がつかれます。

混雑してたら読めません。

 さらにスマホより荷物になる点や、駅についた際にさっとポケットなどにしまいにくい点なども考慮するともう電車に本は持っていけません

 

睡眠不足は避ける

睡眠不足状態だと、寝ること以外の欲求が消え去ります。普段なら楽しいゲームも音楽もすべて色あせて、ただただ寝たいという気持ちが先行します。

しかし電車内では寝れないと考えたほうがいいでしょう。吊革につかまっても眠気を覚ますのも難しければ、座っていても寝過ごすという事態が想定できます。

 

電車内で快適に睡眠が取れたら一番いい暇つぶしであることは間違いないですが、無理なものは無理なので、睡眠以外で暇つぶしを考えたほうが良さそうです。そして、その暇つぶしを有意義なものにするためにも、睡眠不足だけは避けるべきです

 

ゲームも避ける

スマホはよほど混雑していない限りネットサーフィンからSNS、ゲームまで内蔵する最強の暇つぶしコンテンツですから、電車に持ち込む有力な道具ではあるんですが、その中でゲームはやめておいたほうがいいと思います。理由は以下に列挙

 

・すぐに中断できないゲームの場合、乗り換え等がスムーズにできなくなる

・反射神経や集中力を使うゲームの場合、混雑時には不向き

・両手をふさぐゲームは立ちながらプレイしにくい

・歩きスマホを誘発する

・熱中すると乗り過ごす

・しかし熱中できないゲームは暇つぶしのためにやってる感が半端なくて冷める

 

音楽を聞く+何かをするが最強

立っているときは

音楽+外の景色を眺める

もしくは

音楽+運動がよさげです。

 

運動といってもガチでスクワットをするわけじゃなくて、姿勢を正してみるとか、ちょっとつま先を上げてみるとかそういうのです。どうせ運動なんて普段しないんだからこういうときくらいはしようという感じです

座れたときはスマホでなにか調べごとをするといいと思います。こちらも普段調べごとなんてしないので、こういうときにやっておこうという魂胆です。

もちろん音楽を聞きながら景色を見てもいいですし、背中を座席にくっつけずにお尻の部分だけで座るようにしてちょい筋トレをしてもいいです

 

もしスマホに音楽が入っているのなら、スマホとイヤホンとモバイルバッテリーくらいで済みますし、かりに音楽プレーヤーで分けていても、たいした荷物ではないでしょう。

 

ビジネスカバンや、トートバックなど片手がふさがるものを避ける

余談ですけど、装備について。

吊革を握れないので、片手がふさがる装備は避けたいところです。

個人的にはオシャレとか度外視でリュック一択です。中身がスマホと定期だけでもリュックを背負います

 

指なし手袋

寒くなってきたときでもスマホが操作できます。スマホ用手袋もすこし試しましたが、普通に百均で売っている指なし手袋のほうが良さげでした。

吊革に直で触れたくない場合にも有効ですね

 

まとめ

音楽聞きながら調べごとか運動か景色でも眺めようぜ!という記事でした。

僕は別に音楽好きではないですが、音楽をお供にすると運動なりストレッチなどの退屈な作業もはかどる気がしているので、素直に音楽に頼ります。

 

持ち物は改めてまとめると次のようになります

リュック+定期や財布+スマホ+音楽プレーヤー

 

電車の中で何しよう、何を持っていこうなどと悩まなくてよくなるんで一度決めてみることをお勧めします

 

一つのことに集中すると日常生活がおぼつかなくなる人はタスクリストを作成しとくといいですよ

本当なら没頭できることがあるなら、ずっと没頭していたいわけだが、どうしてもやらなければならない日常の行動というものがある。

特に誰かと共同生活をしている人であれば、自分がやらない(やり忘れる)ことで迷惑がかかる分、そう好き勝手もできない

 

器用な人は趣味の時間を決めてその時だけ没頭し、それ以外の時間はやるべきことをこなすということができるのだろうが、僕も含めた不器用な人種はそういうことができない。何かに集中しだすとずっとそれをやっていたい気持ちにかられるし、また一つのことで頭がいっぱいになりすぎて、「今日は何をしなきゃならないんだっけ?」とタスクを忘れがちである。

 

そういう人は日常でやっておくべきことリスト(タスクリスト)を一度作成しておくと、器用な人と同じくらいやるべきことをやれるようになるのでお勧めです。

今日はそんなお話

 

目次

 

タスクリストってどういうの?

 

f:id:lazyandshortest:20170517234639j:plain

 

僕がつくってるのはこういうの。

 

びっしりタスクが詰まってる! ・・・・・・ように見えるが一つ一つの項目を見てみるとまあ大したことではないことが分かる。

 

顔を洗うとか、歯磨きとか忘れないだろ(笑)と思う方もいるだろうが、結構忘れます。

あとストレッチとかも割とやったほうが体調がいいんでやってるんですけど、ストレッチ中は退屈なのでこうやってリストにしておかないと忘れがちになります。

 

使い方

 

日常することを細かくリストアップしておき、上から順番にやっていきます。やりおわったら丸を記入します。(また、その日にやらなくてよくなった場合もやり終わったことにして丸を付けます。ゴミを出さなくて良くなったとか)

次はこれをやるというのが明確になるので余計なことを考えずに日常のルーチンワークに取り組めます。

 

また例にもありますが、22時以降にやることというのを設定していくのもいいと思います。夕飯を食べた後でないと夕飯の食器は洗えませんからね

 

毎回タスクリストを見るためにPCを開くのが億劫な人は、このタスクリストを複数印刷しておくといいと思います。んで、紙を見ながら、終わった箇所に鉛筆で丸を付けていけば楽にできます。

 

タスクリストの効能

やるべきことがしっかりできるようになる

時には羽目を外すのもいいですが、なんだかんだ規則正しい生活ができると気分がいいものです。

俺は正しい毎日を送ってる!感があります。

逆に不規則な生活は自信を無くさせるような気もします。科学的な根拠はないんであやふやなですが

またやるべきことがきちんとできないことによって、人に迷惑をかけることも減ります。

 

頭の疲弊に効く

次は何をやるんだっけ?とか、朝のうちに何をすべきかとか。一五時には米をといでおかないとなとか

そういう毎日のルーチンワークを頭に入れておくのは結構面倒なことです。そういった覚えなくてもいいことに頭を使うのはなんかもったいないような気もします。

僕はなんでもかんでもリマインダーというアプリにセットして、機械に思い出させてもらう毎日を送っていますが、そのおかげで覚えてなきゃ・・・・・・というプレッシャーから解放されてとても楽になりました。このタスクリストも似たような効能を発揮します。

 

持ち物チェックリストも同様の手順で作成できる

 

 

f:id:lazyandshortest:20170518000530j:plain

 

こんな感じ。まあ全部バックに入れておいて、毎日同じバックを持っていくほうが楽でいいかもしれませんが、チェックリストを作成しておくことで、駅で忘れ物に気づいてうんざりしながら家に戻るなんていうことがなくなりました。

特にスマホや折り畳み傘(使った後に干して忘れる)には効果を発揮します。

あと定期を使った後ポケットに入れっぱなしなことがあってバックに入ってないという場合にも、有効です。

 

まとめ 

普段やらないこととか、大事な用事とかを忘れないようにタスクリストなり、スケジュール手帳なんかに書きこむのは割とよく見る光景ですけど、日常生活のルーチンワークをひとつずつリストアップする人はあまりいないように感じます。

でも一方で僕みたいに、日常生活おぼつかない。だるいみたいなひともいるでしょうし、そういう人はもうある程度自分の脳で処理するのはあきらめて、タスクリストに頼るのもいいんじゃないかと思います。

 

多様性はある程度認めるけど、俺には迷惑をかけるやつと干渉するやつは許さない スタイル

そういう人もいるよねってなってほしい

 人からあれこれ言われるのがあまり好きではない僕

就活しないでどうするんだとか、何で一度言われたことが次からできないとか、昼間から寝るなとか

だるい。まじでだるい。なんでそういう人もいるよねってならないんだろうか

 

就活しなきゃ死ぬんですか?誰かに迷惑かかるんですか?

一度言われたけど、忘れるんだよ。いわれたときは次やらないようにしますって言うけどやっぱり忘れるんだよ。子供かよって、子供でいいよ。いわれたことができなきゃ大人でないなら子供でいいよ

昼間から寝たら何でダメなんですか?夜に活動しても騒いでるわけでもないじゃないですか。

 

多様性を認めてくれよと主張するのも、多様性を認めてないことになる。

多様性バンザイ主義の僕なのだが、多様性を認めてと主張するのはそれ自体矛盾する行為になる。

 

多様性を認める=まあそんな人もいるよねと思い、干渉しない

ということだと私は思っているが、

多様性を認める僕にとって、」

「多様性を認めないで、相手に干渉するという性質を持っている人に対して、「多様性を認めてくれ」ということができない

 

「まあ、多様性を認めずに干渉してくる人ともいるよね」と考え、相手に何の干渉もせず、いわれてもいい返さないことこそが、多様性を認めている行為だ

なので多様性という言葉を人に向けて使ったことは一度もない。

 

なぜ俺ばかり我慢しなきゃいけないのか

と、まあ多様性を重んじることによってぐっと我慢することになると、普通につらい気持ちになる。いい返したい衝動を抑えるのは疲れる。

 

1度言われたことができない性質については、僕もなんとかならないものかと思っている。決して何も考えていないわけでも聞き流しているわけでもない。なぜこちらはここまで辛い思いをしてまで悩んでいるのに、大して努力もせずにできてしまう方々に「1度言われたら次はやらないようにしろ」なんてお説教を食らわねばならないのだろう。

 

いや、まあさすがに重大なことだったり迷惑をかけることなら僕だって次はやらないよう固く心に誓って、まあ二度とやらないんようになるんですよ。

でも今朝言われたのって、「洗面所の栓を使ったら戻すように」ってことですからね。割と正直どうでもいいと思っているけど、閉めないとめっちゃ注意されるんで面倒な限りです。

20年生きてきて今まで「使った後に洗面所の栓を閉める」という行為をしてこなかった私にとって、習慣になりにくいんですよ。

気を付けようとは思うけど、3回目くらいでやらかす。やらかすと早速とがめられて、ああーまたやってしまったとブルーになります。今朝注意されたので今日は1日中何もやることが起きません。

 

本当なら僕だって山ほどいいたいことはありますけどね。でもいわないんですよ。それいったら多様性を軽視することになりますからね。好きなんだけどものすごくやっかいです多様性。

でも言わないままだと当然ながら改善の見込みはないし(言ったとしても改善はないかもだが)、相手は自分の素行に問題なしとハンコを押して、より自分の主張を強めていきます。

 

多様性はある程度認めるけど、俺には迷惑をかけるやつと干渉するやつは許さない スタイル

 いろんな人がいていいのなら、僕に干渉してくる人に対しても文句を言わないのが筋が通っているわけだが、僕はそう思わない。ということは多様性バンザイではないのかもしれない。

 厳密に言えば、迷惑をかける人と干渉してくる人はいなくなってほしい。いろんな人がいていいけど、俺には干渉するな!迷惑をかけるな! ということである

 

 

多様性をすべて認めるということになると、かなり我慢しなきゃいけないので辛い。しかし、全く自己中心的で、他に迷惑をかけたりするやつにはなりたくない。

そこで、

「多様性はある程度認めるけど、俺には迷惑をかけるやつと干渉するやつは許さない」という考え方を軸にすれば、自分の影響のない範囲でなら寛容になれるし、もしなにか納得のいかない干渉をされたら、俺にかまうなバーカといい返すこともできる

 

まあただ、干渉しないでといったところで干渉されなくなることはないので、基本的には言い返さずに、干渉されない環境を探してさまようのがいいのだろうと思う