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勝手に予測して、勝手にあきらめる癖がついてる

目次

 

◇どういう状態?

 

例1

何も考えずに

「うおおおお天鳳(ネット麻雀サイト)で天鳳位(天鳳の最強クラス)になってやるんだー!わくわく」
ってなればいいんだけど
「いや、待てよ。天鳳位になるには今の実力だと足りなさそうだし、僕より何倍も打ってきた強者が何千試合しても天鳳位にたどりつけていない。そして天鳳位になってもそれだけでお金が入ってくるわけではなく、今度は天鳳位のネームバリューを生かして、自分を宣伝しないとお金は入らない。 時間がもったいないな あきらめよう」


と無意識に脳が判断して、意欲が低下する。

 

例2


小説を書こうと思っても、そのために必要な膨大なインプットと制作の時間、労力を無意識に予測。意欲が低下する

 

例3

 

BTOOOM!オンラインをやっていても、
「回線を整えたり、課金をして装備を強くしたほうがずっと効率的だよなーまあ課金はしないけど、そして課金しないから上には上がりにくいだろうし、最強を目指すのはあきらめるか」

という風になる


◇なぜそんな風に考えてしまうのか

 

自分の能力の限界を見てしまった

特に天鳳は自分の中でもかなりガチで向き合ったゲームだった。自分はそれまで、何事も人より効率的に成し遂げる力があると思っていた。

しかし毎日天鳳のことを考え続け、学ぶ日々を3年続けても結局頂点には辿り着けないし、有名にもなれなかった。

「自分はどうも、なろうとして特別な人間になれるような人間ではない。」
ということが分かってしまったから、成し遂げてやろうとか、特別な地位を手に入れようという欲がなくなってしまった感じがする。

 

仮に成し遂げたとしても、死を回避することはできないし、死んだら何も残らないし、今やっていることは現実逃避なんじゃないかと不安になる

僕は死ぬことが不安だ。ほぼ毎日考えている。
何かに懸命に打ち込み、人生を豊かにしたとしても、死は必ずやってくる。それがとても怖く、虚脱感に襲われる
「今ゲームに熱中しているのは、死について深く向き合うことからの逃避なのでは?」と無意識にでも問いかけてしまうと一気に熱が冷める

 

時間は有限である

いつか死ぬと思えば、同時に今生きている時間はとても貴重なものだという意識も生まれる
本来時間の貴重さを意識するのはとても好ましいことなのだが、どうも自分が何かに打ち込むためには邪魔な意識らしい

特に何かをしなきゃいけないわけでもないし、お金も加瀬がなきゃとかそういうわけでもないから、時間は好きなことに湯水のごとく使えばよいのだが、
どうも生きていく中で、ゲームを楽しんでいる意識の裏で、「これでいいのか?俺の人生これでいいのか?」と問いかけられる。

もちろん人生がこれでいいとは思っていない。というか何をしててもあと60年生きたらもう終わりな人生なんて嫌だ。あと800年くらい生きさせろ

 


◇失敗が怖いわけではない?

挑戦するのがためらわれる という状態の原因としてよく言われるのは「何かに挑戦して失敗したから、もう失敗するのが怖くて、挑戦しない」というものだろう
個人的には、そういう状態ではなさそうだと思っている。かならずしもそういうのが原因ではないということだろう。
というか僕の場合は死ぬことが怖いという意識が理由の大半を占めているから、ちょっと一般的なケースとは違うのかもしれない


◇なんでこんな記事を書いたんだい?


一つは、自分と似たような状態の人の参考になればいいなと思った。(原因が僕と近ければだが)
二つ目は、こんな状態から立ち直った方がいて、この記事を読んだら立ち直り方を教えてくれるかもしれないと思ったからだ

というわけで意見をお待ちしています