にーとの効率化

ずっと夏休み

お勉強に対する適正はあったのかもしれないけど、どうせなら労働に関する適正が欲しかった

目次

物欲はないから生活費は低いが、働かなきゃならんのは変わらない

僕は物欲が低いほうです。そして同時に労働意欲も低空飛行なので、固定費を下げまくりたいと考えてます

lazyandshortest.hatenablog.com


でもどんなに固定費を下げたって生活費はかかる。

物欲が低いほうって言ったって極限まで低いわけではなく、結局月に5万くらいは要する。
これが月2万くらいで生活出来たらまただいぶ楽なのかもしれないが、5万だとそれなりに働かないといけない。

 

 

お勉強ができても働かなくて良くなるわけではない

※勉強という言葉だと、自分がやりたいからする勉強と、教育機関から強いられるいわば受験のための勉強とごっちゃになるので、当ブログでは次のように使い分けをしています

 

勉強・・・・・・自分がやりたいからする勉強   投資とか実務的な勉強も含む

お勉強・・・・・・教育機関から強いられるいわば受験のための勉強 国数英社理

 

僕はお勉強が人より出来る方でした。テストで高得点をとるというゲームに対してやる気になれる子でした。

でもおかしいですね。学生時代はお勉強ができるだけでもてはやされていたのに、なんで今はダメ人間低空飛行底辺人間なんでしょう。

 

人間性が変わったというより、求められる能力が変わったんだと思っている。
「テストで点を取る能力」から、「みんなとコミュニケーションをとり、ストレスに耐え、点数はつかず、目標もないけど頑張り続ける能力 etc」へ変わったんです。 変わりすぎだろ

 

学生時代は「お勉強が出来る」=「出来がいい子」でした。  多少コミュニケーションできなくても、運動ができなくても、勉強ができればそれで問題なかったりします
今もきっとお勉強ができる人間であることに変わりはないんでしょうけど、もうテストはないんで、全くその能力は生かせません。

 

もちろんお勉強ができることに越したことはないんでしょう。「社会人になっても勉強しないやつは伸びない」なんて言いますよね。でもそもそも働く能力が皆無なら勉強できたって意味ないじゃないですか。まずは働くことを教えろよって思います

僕はお勉強はできたんだよおおおおおって叫びたくなりますが、まあ結局のところ仕事に対する意欲がないと勉強できたって意味ないし、働かなくて良くなるとかそういうわけではないんですよ。


ちなみに僕が中学、高校時代にぼんやりと思っていた労働はこんな感じでした

勉強ができる人達→入社してからバリバリ会議とかやってて、頭は使うけど肉体的な疲労はなくて、生産性が高い仕事!だから労働時間も短い!

勉強ができない人達→肉体を駆使して営業とか、現場で汗水を垂らす。 ストレスも筋肉で解決。というか悩みとかない。労働時間や環境は劣悪

 

なんとなく勉強ができればちやほやされつつ、楽な仕事ができるって思ってたんですけど、実際は全然違うようで、結局「お勉強ができても、できなくてもスタートラインは同じ」なんですよね。

「お勉強ができればすごいんだろ?俺はすごい人材なんだろ? じゃあスタートラインから優遇してくれよぉ」
と叫んでも誰も聞いてはくれません。「もうお勉強という適性があったからなに?って感じなんですよね。持ち上げといて落とすなよって思う

 

人それぞれ適材適所ってものがあるというけれど、テストの点は低くていいから、労働が苦でなければよかったと切実に思う

ごくわずかな万能なやつを除いて、人には向き不向きがあります。適正がない分野をわざわざ克服するのは大変ですし、そもそもみんなが同じ分野をできるようになる必要はないと思います。

 

ですが、労働だけはほとんどの人ができるようになりません。僕は労働の適正がかなり低いほうですが、それでも働かなきゃなりません

中学校とかにいました。勉強ができないやつ。勉強ができないので、僕は純粋に、「こいつは駄目なやつなんだろうな」って思ってましたが、今では勉強の適性がないだけで、労働の適正はあったのかもしれないし、そうだったらなんかバカにしてすいませんでしたって思います。

 

働きたくないとこぼす自分を、軟弱ものだと思いますが、直そうという気も起きないので、そういうものも含めて、労働適性が低いと判断しています


もうテストの点なんて取れなくてよかったよ。別にテストができたからって友人ができたとか彼女ができたとかそういうことはなかったし、学生時代を振り返っても、楽しい思い出よりつらい思い出の方が多かったりするよ。なんだこれ。勉強の適正ってなんか意味あったんだろうか?

 

勉強適性の代わりに、労働適性があったらと思います。労働がそこまで苦でなければ、とりあえずお金は手に入るじゃないですか。生活に困ることなんてないじゃないですか
さらにいえば、お金を自分で稼ぎだす行為って、自信につながるんじゃないかとも思う。高収入だと自己肯定感が強くなるみたいな感じで

そうなると労働適性があるだけで、生活が余裕で、自信に満ち溢れた生活を送るようになれるわけですよ。なんて羨ましい

 

今の世の中で一番幸せなのはどんな適性を持っている人だろう

思いつくのは二つ。やりたいこと適正と、労働適性。

 

やりたいことに夢中になれる適正

もうデカいくくりにするとこういうことかなって思う。

失敗を恐れない適正とかも思いついたけど、そもそも失敗を恐れない人達って、失敗したときの辛さよりもやりたいことが目の前にぶら下がっているから気にならなかったとかそういう感じなんじゃないかと思う。

彼女が切実に欲しい。あの美女をなんとしても手に入れたいってことに夢中になれば、どんな失敗も怖くなくなったりするんじゃないですかね?面倒なことも面倒に思わなかったりするんですかね

youtuberがやりたいことで生きていくって名言を残して今もなお活動を続けていますけど、「俺は今これをやりたい― それをやるためならどんなことでも苦にならないー」っていう状態になれる人と、そうでない人がいるような気がします。 もちろん100か0という問題でもなくて、適正が80%くらいある人もいれば、10%くらいしかない人もいて、
僕は2%くらいの人間だと思います。夢中になれたのは麻雀くらいのものです

でも常に夢中状態なら、そりゃ無敵ですよね。というわけでこれが1番欲しい適性だと思う。

 

労働に対する適正

でもかならずしもやりたいことに夢中になれる人間ばかりではないし、その場合はやりたいことを模索しつつ、ただ生きるため、生活するために労働をする必要があります
僕はやりたいこともないし、なんか時々死について考えてしまったり、体がだるくなったり気分がどん底だったりするので、ものすごく労働意欲が低いですが、この労働に対する不適正ぶりは、この世に生きることを一気にハードモードにします。

もちろん労働適性も100かゼロかではないですが、「愚痴を言いながらも4年間アルバイト頑張れちゃいました♪」みたいな人も結構いる。
僕からしたらなぜそんなに毎日働けるんだろう。外に出れるんだろうと思う。
僕だったら6時間働いた日があれば、次の日は家に引きこもってないと体力が戻らない気がする。


そんなわけで、
「えっ?毎日働くなんて普通でしょ?何で君はできないの? もちろん平日は終電帰りで、休日はビジネス本を~」 ←労働適性100

「働くのは大変だけど、けっこうやりがいも~」     ←労働適性80

「働くのは確かに嫌だけど、働けるうちは働かないと~」←労働適性50

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「働きたくない。辛い。やめちゃえ。もっといい職場があるだろう」←労働適性30

「外に出るのが面倒。えっ?働けって? ・・・・・・」  ←労働適性10

 

適正が50から上の人はたとえやりたいことがなくてもこの世の中で生きるのはそんなに辛くはないんじゃないかと思う。
労働をそこまで苦には思わないか、頑張れちゃう性質の人は、すでに有利な適性を持っているといっていいんじゃないだろうか

適正30以下くらいから世間が厳しく感じ始めるんじゃないだろうか。というか労働適性がある人って、仕事辞めないよね。本当にすごいと思う

 

学校をただただディスる記事になった

まとめると、「僕はお勉強できたんだよぉ  でも働きたくはないんだよぉ。生理的に働くってのが無理なんだよぉ  でも世の中は働かないといけない仕組みになっているんだよぉ
お勉強が得意でも意味ないじゃないかよぉ」

という訴えでした。

 

本当のことを言うと、記事ほど切実に訴えてたり考えてたりしているわけではないです(笑)   別にそういう世の中だしそういう自分だからしゃあないよなと思います
でもそろそろ教育のシステムは変わんねえのかなーって思ったりします。

  

五教科絶対いらんやろ

心理カウンセラーとかおいて、面談すればいいんだと思う。
やりたいことはなにか?  今、それをやれているか?  やりたいことがないなら、逆にやりたくないことは何か?  働くことに自信はあるか?  自信がないならなぜ自信がないか?解決策はあるか

もういっくらでも生徒が考えたほうがいいことはあると思うんだけど、そういうのはまったくやらずに徳川家の将軍の名前覚えさせたりするのが真面目に意味わかんねえなと思う。

とまあ教育についての愚痴を書きだすときりがないし、僕も偉そうに言えるほど教育について知らないので、この辺で。長文失礼しました