にーとの効率化

ずっと夏休み

物欲がない人は自由を欲している

物欲がない。ファッションにもグルメにもアニメにも本にもあまり興味がない。周りに比べて好奇心の幅が狭い気がする。

そんなことを思っている最中に、「お前って何を楽しみに生きてるの?」って問われるとあれ・・・・・・物欲がない俺ってやばくね?と時々悩んだりする

 

やばいかどうかを判断するためには、まず、そもそも自分にはなぜ物欲がないのだろうか。物欲がない状態とは何なのだろうか。を把握する必要がある

たとえば、ゲームを趣味にしていて、1日中ゲームをやっている人が彼女や食に対して興味がないのは、ゲームをしたいからであり、そういう自分を理解していれば、「なんで彼女作らないの?人生楽しい?」って聞かれたときに、「俺にはゲームがあるんで」と自信を持って言える

 

分析の結果、物欲のない自分はそんなに悪くないと思うか、やっぱり対策しないと行けないと判断するかは個人で判断していけばいい。

 

そこで今回は「物欲がないという状態は具体的にどういう状態なのか」と、「物欲がなぜないのか」を考えていく。

 

「物欲がない」という状態は人それぞれだろうから一般的に述べることは難しい。そこで今回は僕の状態から、物欲がない人の特徴の一つを述べてみようと思う

 

※ここでは物欲という意味を広範囲にわたって使っています。所有欲に置き換えてもいいですし、贅沢欲みたいなのに置き換えてもいいです

 

目次

 

物欲がないとはどういう状態か

あくまで僕の状態を述べるので一般論ではないと断っておく

まず、衣食住にさほどこだわりがない。

衣・・・・・・シンプルで着やすいものが数着あればいい。外着は大体パーカー

食・・・・・・卵かけごはんを毎日食べていても飽きない。

住・・・・・・ボロ物件でも電気が通っていてネットがあればいい。

 

娯楽もネットにあるコンテンツに偏っている。時々アニメや読書もするが、その比率は小さい。

 

コミュニケーションについても無欲なようで、積極的に関係を構築する気が起きない。呼ばれたら、誘われたら行く派。消極的な態度をとった結果呼ばれなくなっても構わない

 

結論付けるなら、僕にとって物欲がない状態とは

「必要最低限の衣食住、コミュニケーションで僕は満足できるから特にそれ以上を求めない。」という状態である

 

その代わり自由を欲している

豪華なものを手に入れて不自由な状態になるのと、最低限だが自由な状態なのとであれば間違いなく後者がいいと思う派だ。

 

わかりにくいので例を挙げよう。

気を遣う人と一緒に2時間食事をするが、叙々苑の肉が食い放題(おごられるものとする)

自分の家で卵かけごはんと味噌汁を食べる(50円) のと、どっちがいいか

 

あ、叙々苑の肉は別にいいです✋となるのが、僕の状態である

確かに叙々苑の肉はおいしい。しかし2時間店にいることを強要されるのであれば、代償は大きい。美味しい肉を腹いっぱい食べるために、僕の貴重な人生の2時間を捧げているのだ。

 

普通、時給1000円だとしても、2時間には2000円の価値しかない。2000円出して叙々苑の肉食べ放題なら断然お得だ。デジタルで合理的な方なら迷わず叙々苑を選ぶだろう

つまり、僕にとって自由な時間の価値はとても高いことを意味している。もしかしたらお金に代えられないのかもしれない

 

義務教育期間はとても不自由だった。学校から帰ってきてからが僕の一日の始まりといっても過言ではなかった。

学校でやらされる組体操は嫌だったけど、家でやるテスト勉強はそんなに嫌じゃなかった。

僕は、自由な状態、自由な時間を常々欲している。だから逆に物欲、所有欲がない

 

手に入れると不自由になる物を避けてるから物欲がない

 

車→手に入れたら金銭面で不自由
女性→恋人でも予定をいれたり服装考えたり・・・・・・結婚までしたら生き方にも制約ができそう

 

非常に残念な考え方だが、大体上記のような例だ。

 

金銭面で不自由になれば、それだけ働かなければならなくなる。働けば働くほど自由な時間や状態が減る。であれば、なるべくお金を使いたくない

という思考に行きつく。

衣食住を最低限にしたいと思うのもこの思考によるものだ。狭い家やボロ物件が好きなわけではなく、使いきれない金があるなら豪邸に住む。

でも使いきれない金などないから、じゃあボロ物件でいいやとなる

我慢というより、自然にそう思えるのでおそらくそういう欲が少ないんだと思う

 

 

まとめ

物欲がないというと、「何が楽しみで生きてるの?」とか「人生楽しい?」と聞かれたりして言葉に詰まることが多い。

僕と似たような人は、「物欲がない自分は薄っぺらい存在なのでは?」と悩んだことがあるのではないだろうか。

でも何かを無理に楽しもうとしたり新しく物を買ったりしても、薄っぺらい存在なんじゃないかという疑念は晴れないと思う。

 

疑念を晴らすには、自分は何を求めて今の自分でいるのかを把握するのがいいんだと思う。

僕の場合は、

「自分が欲しいのは寝たいときに寝れる自由であったり、何で自分が生きてるのか模索する時間であるから、その自由を妨げる他の欲や働く時間は最低限にしたいと思っている」

と把握できたので人に説明するかは置いといて、自分はこれでいいんだと思える。

 

というわけで、物欲がない人の「自分はこれでいいんだ作り」の糧としてこの記事が少しでも参考になればいいなと思う