にーとの効率化

ずっと夏休み

理想の死に方

僕は死ぬのが怖い。就活してない。内定0。バイトもしてない。大学卒業まであと6か月というなかなか阿呆に見える状況でありながらも、今まで生きてきた中で一番自由で、一番幸せだと実感している。

 

しかし幸せを感じまくると死を意識してしまうようになった。僕の今の幸せが壊れるとしたら戦争がくるか、世界が氷河期に襲われるか、僕が死ぬかだからだ。

一日に一回は、死んだ「後」が頭の中をよぎって、どうしようもなく不安になる。

 


以前死ぬことの恐怖に関しての対処法として、不老不死をあてにするという記事を書いた。

lazyandshortest.hatenablog.com


僕は死の恐怖をなんとか紛らわせられないかと時々対策を考えていたりするのだが、その一つとして、理想の死に方を考えるというものがある。

 

いつも死んだらどうしよう。死ぬのは怖いと無限ループで考えても仕方ないというか、実りが薄い。

たまには死ぬとしたらと考えてみて、「こういう死に方ならありだな」と思えるものがあれば、死の恐怖に対抗で着るんじゃないかと

 

というわけで、たまには理想の死に方を考えてみましょう

 

目次

 

なぜ死ぬのが怖いのかを考えると理想の死に方も分かる

 

死が怖い理由は人それぞれなので、ここでは私の理由を述べる

 

私は「意識が永遠になくなる」のが怖い

「意識がなくなること」そして、「永遠に」というところがポイントである

 

意識がなくなるだけならそんなに怖くない。明日目覚めるだろうという安心感に身を任せながら全く力が入らなくなるのはむしろ心地いい

そして、意識が残るのなら仮に身体がなくても怖いとは思わない。仮想現実で第二の人生を送れるなら死は怖くない


というわけで、意識がなくならなかったり、永遠に死ぬわけでないと確信して死ぬのが一番怖くなさそうだ

どういう死に方だよと思うので具体的な事例を考えてみよう


意識がなくならならずに死ぬケース

仮想現実世界に意識を移植して死ぬ

科学の進歩よろしくという感じだが、あと50年くらいでなんとかならないだろうか。
「体も不自由になってきたし、そろそろ死んでくるわ」みたいな軽いノリで頭に意識転送装置をつけて、ふっと眠気がやってきて目を閉じたら、次の日あたりには仮想現実の家の中にいる。みたいなのがいい

 

ロボットに意識を移植して死ぬ


また移植かよと思うかもしれないが、仮想現実よりまともかもしれない。仮想現実は誰が世界を作るの?管理するのという問題があったかもしれないが、ロボットに意識を移植してこの世界をロボットの体で生きるようにすればいい。

 

食べ物も飲み物もいらず、メンテナンスは自分ででき、自分のほかにも意識移植済みのロボットがいる。
たぶん自分はお金がないだろうからポンコツなブサメンロボットしか手に入らなくて、ロボットになっても自分はなんてイケてない存在なんだと悩みつつ、ブサメンロボット同士で仲良くなるのかもしれない。

そういう死に方がいい。もう死んでないのではという気もするが


永遠に死ぬわけでないと確信して死ぬケース


たとえば100年後に蘇生するのであれば待てないこともない。長いけど、永遠に死なないならだいぶ楽になると思う

さて、ではどういうケースがありえるか

 

人体冷凍保存

現代にもある方法として人体冷凍保存という方法がある

www.gibe-on.info

 

いつか不老不死の技術がくることを夢見て、それまで人体を冷凍保存してもらうというものだ。

ただ、引用した記事によると冷凍保存してもらう施設にはお金がかかる。

研究所によるが290万~2000万ほど。ちょっと宵越しの金を持たない主義の僕には厳しいか。もうちょっと安価になってくれるといいが

 

お金よりも深刻な問題がある。

未来において冷凍保存された自分を誰が助けてくれるのだろうか。という疑問も残る

・・・・・・大金払ってるんだから助けてくれるよな? ちょっと詳しいことは分からない。

詳しく調べて、助かりそうだという確信を持てたなら死の恐怖を和らげることはできるかもしれない。


生まれ変わりが科学的に証明される


僕は生まれ変わりを信じていない。自分の前世の記憶が全くないからだ。
さらにいえばたとえ生まれ変わったとしても「僕」という存在や意識は全くなくなるのであればあまり意味はない。普通にぞっとする

 

そんなわけで生まれ変わりを全く信じていなかったわけだが、「生まれ変わり 科学」などと検索するとそこそこ本が出ていたりする。宗教がらみというわけでもなさそうなので今度読んでみようかと思う。

 

もし生まれ変わりが科学的に解明されて、生まれ変わっても自分の意識を保つ方法などが出てくれば結構面白い。


「死にそうになったときに生まれ変わり先を強く意識すれば生まれ変わり後も意識が残る」 とかであれば面白い。めっちゃ生まれ変わりを信じて、希望を抱いて死んでいける。


霊の存在が科学的に解明される

生まれ変わりはともかく、霊というものはあると聞く。僕は霊感がないので全く実感がわかないものの、死んだあとの意識=霊みたいな感じであれば、意識がなくならないので怖くない(ような気がする)
ただ、さすがに霊について全くの無知であるので、霊はある。死後の世界はあるというのが科学的に肯定されれば、僕はちょっと安心して死んでいける

 

おまけ   死を考えまくって、いずれ飽きて受容するようになる

 

死の受容モデルというものがある。

kaigolab.com

 

1 僕が死ぬだって!そんなばかな! 

2なんで僕なんだ!

3どうにか死なない方法はないか?

4いくら頑張って死ぬのか。つらっ

5死ぬのは仕方ないな。あきらめよう

 

という段階をたどるらしい。この記事は第三フェーズくらいの人向けだということになる。

僕は1年前くらいまではずっと、何で僕が死ぬんだ!状態。つまり第2フェーズ以下だったわけだが、少し前あたりから第3フェーズに移行している。たぶんずーっと第2フェーズの愚痴をこぼしていたので自分の中でぼんやりと結論ができたんだと思う。

 

よくあるイメージは「余命宣告→第一段階と第二段階をめっちゃ意識する。→整理しきれずに死ぬ」というパターンだ。

しかし早めに死について考えておくことでいざ、自分が死ぬ間際になったときには、「死について色々考えつくして、死を受容した状態」になっている可能性もある

 

これは死に限らず、あらゆる興味にも通じるものがある。

例えば、僕は子供のころから食について関心がないというわけではない。小学生のころは「食べ放題」とか、「バイキング」とか、寿司、ステーキ、メロンといった言葉に魅了されまくっていた。

最近はまったく興味がない。時々食べてあーおいしいなーってぐらいだ。食に関しては自分の中で受容がなされたのではないかと思う

 

こんな感じで死を受容して死ぬこともあるのではないか。それなら大して怖くなくなるのではないか  と思う

 

一般的には正解とされるが、僕は疑問に思う生き方、死に方

すうっと意識がなくなって、快楽のうちに死ぬ

人によっては、風呂に入ったまま脳の神経がぷつっと切れてそのまま意識が切れて死ぬのがいいという人もいるが、僕は普通に嫌だ

意識が永遠になくなることに変わりはない。

いくら快楽を得ようと、美少女に囲まれて死のうと怖い


やりたいことをやりきって死ぬ

死ぬ前に後悔はしたくない。やり残したことはないようにしたい。という考えをよく聞くが、僕はこの考えに一部共感できないでいる
やりたいことをやりきったから、もう死は怖くないというのが信じられない。

 

そもそもやりたいことがなくなるなんてことはあるんだろうか。
もしかしたら10年後新たな楽しみが見いだされるかもしれないのに、やりたいことリストを埋めたからもういつ死んでもいいってなるだろうか

 

僕はたぶんならない

きっと永遠に意識がなくなることの対処法が見つからなければ、いくら裕福に生きても、楽しく生きようと、僕は死の間際、悔いを残して死ぬことになりそうだ。

 

まとめ

死に方に関してはあまり参考になってないかもしれない。ほとんどが不老不死みたいなものだったから。僕が正直に書くとこういうのしか思いつかない。

まあいろいろ書いたけど、現実的なのは「死を考えまくって飽きる」ってことだと思う。

死ぬことなんて考えたって仕方がないと言う人もいるが、死について興味を持っているうちは、どんどん考えるべきだと私は思う。

その思考活動にこの記事が役に立てば嬉しい

 

以上、にーとからでした